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2018-07

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Family Trip 2016: Little Monkeys on The Big Monkey〜Day1 - 2016.08.25 Thu

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シアトルから夜通し走り続け、スミスロックに着いたのは夜明け前。大阪の自宅を出てから32時間ほどが経過したことになる。さすがに眠いのだけど、13年ぶりのスミス、しかもここは自分にとっては原点的な場所。なんとも言えない興奮が仮眠を許してくれない。たまらずカメラを持って岩の匂いが感じられる場所をうろつく。

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この日は後発の前島さんを午後空港でピックアップ予定なので、出来れば軽くでもそれまで登っておきたい。もっと言えば今年の我が家の目標である「申年にモンキーフェイスの天辺に家族で立つ」に向けて、簡単なマルチでシステムのおさらいなんか出来たらなと思っていた。とりあえず腹も減ったので近くの商店に朝飯を買いに行くと目の前を闊歩するこいつに遭遇。さすがオレゴンだ!

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ここはオレゴンの田舎町、当然朝飯はアメリカンジャンキー満載のものしかない。こてこてのシュガーてんこ盛りなドーナツはパスして、オイリーなソーセージエッグイングリッシュマフィンとやたらデカいコーヒーを買い込み再びパークへと戻る。ここの芝生は20歳の頃によく寝転んだり、ストレッチしたり、本を読んだり、スラックラインしたりした場所だ。様々な「青春の日々」が蘇ってくる。オイリーなジャンクブレックファーストでもふと顔を上げてこの景色を見るとなんや美味く感じてしまうのが不思議だ。ちなみにこの目の前の岩は「ピクニックランチウォール」という名前がついている。最高のサイドディッシュだな。

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あかつきさんは黄金の陽射しの中、緑の絨毯に大興奮ではしゃぎまくり。裸足で走りまくって転げまくって楽しいね。一方の悠さんは車の中で爆睡中。昨夜走行中に熱が出ていたが、薬を飲んで少し落ち着いたみたいだけど、まだまだ寝足りないようだ。朝飯食ったら登りに行こうと思っていたが、まあ初日だし、移動してきたばかりだし、様子を見ながらのんびりしようと妻と話す。

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パークには13年前に来た時にはなかったこんなものが立ち上げられていた。ミニモンキーフェイスだ。早速あかつきさんをRising Expectaion辺りを登らせてみる(笑)。 この遊具はアントレプリーズUSA(以下EP-USA)が施行したものらしい。EP-USAはアメリカで最初の本格的クライミングウォールメーカー。スミスから車で30分ほど南に位置するBendという町に拠点がある。自分がこのスミスロックに住みついていた頃はメトリウス(こちらも拠点がBendにある)と並び当時のクライミングの流れを創っていたメーカーで、当時の代表はクリス・グローバー氏。スミスロックの父と言われるアラン・ワッツと共にこの岩場を発展させてきたキーパーソン。今はブラックダイヤモンド社でその手腕を振っている。グローバーに関しては色々話したい逸話が沢山あるのだが、それを始めるときりがないので、興味のある人はまた私と会った時にでも聞いてください(笑)。ただ自分にとっては「年を重ねていってこんなオヤジになりたいな」と心底かっこええと思った人であります。

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話が逸れてしまったが、このミニモンキーが中々の仕掛けで、パークを訪れるハイカーの人たちが必ず登って記念写真を撮っていく。また子供たちも大喜びで登っていく。このちょっとした「攀じる」経験を持ってパーク内をハイキングし、そこで実際岩を登るクライマーたちを目の当たりにするわけだから、やってみたいという好奇心に火をつけること間違いないだろうな。まあフィールドがあってのことではあるのだけど、この辺がいくらオリンピックで盛り上がってもその先につながるのかどうかの不透明な我が国とは根本的に岩登りへの接し方に違いがあるなあなどと思うのだった。

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登って、ジャンプして、走り回って、バランストレーニングして、あかつきさんは大変ご満悦のご様子。

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一方の悠さんは車の中で撃沈中。。。しっかり寝て起きた頃には少し回復してるといいのだが。

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ようやく車から出てきた悠さんだが、まだ少ししんどそう。熱もあるっぽいので水道水で濡らしたタオルで頭を冷やし、冷たい芝生の上で寝転んでもう一寝入り。それにつられて俺もあかつきさんも眠くなってくる。うつらうつらしながらダラダラしているうちに前島さんをそろそろ迎えに行く時間になってしまった。岩場は灼熱の時間帯だし、夕方また来ればいいっか。

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無事前島さんを空港でピックアップし、今回のお宿に到着。レッドモンドの外れに位置する小高い丘の上にある友人の別荘だ。自分がスミスロックに住んでいた頃のルームメイトだったRudyと、シアトルのワシントン大学在学時代のクライマー仲間のChristineが結婚し、二人の出会いの場であるスミスロックの近くに別荘を買ったのだ。自分たちが使っていない時は、仲の良い知り合いだけに貸別荘として貸し出している。今回久しぶりにスミスに行くと連絡入れると快く貸してくれた。

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20人くらいは楽勝で泊まれる規模の大きな家というだけでなく、ここの素晴らしいところはテラスから見えるこの風景。正面奥にはスミスロックが見える!我々が今回登ろうとしているモンキーフェイスもばっちり拝めるロケーションなのだ。Rudyとは20代前半の頃だから今から28年前くらいの時期に、一緒に5.13を登るために切磋琢磨した。彼も当時は自分と同じ大学生。大学を休学して当時アメリカでNo.1であり、世界中からトップクライマーが集まっていたスミスロックに武者修行に来ていた。彼や自分も含め同じような理由でここにたどり着いたクライマーとボロ屋を借りてクライミングだけに集中する生活を送っていたわけだけど、その時に「いつかスミスロックが見える場所に家を買って人生を送れればいいなあ」と話していた。彼は夢を実現したというわけだ。シアトルに住みながら、週末には家族でスミスに登りに来る。そんな生き方をしている。ちなみに彼の息子のDrewは父のクライミングに対する情熱を引き継ぎ、ScarfaceやJust Do It等スミスを代表するハードルートを登っているだけでなく、最難ルートと言われるを「The Assassin」を初登。先日17歳になったばかりの注目のクライマーだ。

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前島さんも長時間の飛行機移動疲れもあるし、悠さんはまだ本調子でないので、結局岩場へは戻らずスーパーで買い出しして早めの夕食。しっかり食べて早く寝て明日に備えよう。

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あかつきさんは前島さんからプレゼントされた音の出る絵本にテンション上がっておおはしゃぎ。初めての海外トリップなんて関係ないようです。

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食後はウッドデッキのテラスでのんびりタイム。ここから見えるスミスも素晴らしいが、Mt.HoodやMt.Jefferson、SisterやBachelorなど、カスケード山脈の山々が美しいグラデーションの中にシルエットで浮かぶ夕暮れの景観が圧巻なのだ。これから毎日この景色が見えるなんて、なんとも幸せなことだ。改めてここを快く貸してくれたRudyとChristineに感謝だ。

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さあ、早寝早起き!明日は登るで〜! 悠さんが良くなってますように。。。

つづくー。


Family Trip 2016: Little Monkeys on The Big Monkey〜出発 - 2016.08.23 Tue

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これまでもファミリートリップで様々な場所に登りに行ってきたのだが、今回は色々な問題をクリアせなあかんトリップでした。まず長女が今年から中学に進学。中学になると部活。まあ自分の時もそうやったけど、結構夏休みと言えども部活がびっちり。勿論サボりゃええことねんけど、この部活というのがよりによって卓球部なのだ。折しも日本代表がリオオリンピックで大健闘し盛り上がっている時。卓球熱が冷めるどころが沸点超えな状況で、サボるなんて論外な雰囲気プンプン。結局行ける時期は部活が休みのお盆を絡めた約1週間となる。

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しかしお盆時期となると当然飛行機代が一番高い時期でもある。色々探してみると唯一値段が他社よりも明らかに安い航空会社があるではないか!それがエバー航空。台北経由のシアトル行きで家族4人で他社より15〜20万近く安い!当然理由があるわけだが、要するに夜中に出発の便ということなのだ。これで行くと現地到着日は夜になり、その日が有効に使えない。加えてシアトルからスミスロックがあるレッドモンドという町まで国内線に乗って楽をしようと思っていたが、この繋ぎがうまくいかない。結局シアトルからレンタカーを借りて5〜6時間の運転をするはめに。まあ車はどうせいるし、ドライブも旅のうちと割り切って格安チケットで渡ることとなる。この辺りファミリークライマーにとっては中々に悩ましいところなのだ。限られた時間を金で買うか、時間を犠牲にしてもかさむコストを少しでも抑えるか。金銭的に余裕のない我が家はあまりチョイスはないのだが。。。

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もう一つの問題は下の子を連れてどうやってモンキーフェイスというマルチピッチを家族で登るかという点。バックパックに突っ込んで荷揚げしてしまうか。。。しかしこの方法万が一パックを落っことしたら一大事。パックを背負って登るか。。。ガチャをフルセットと既に10kg超えの娘を背負ってバランシーな11aの3P目とパワフルな強傾斜の11bの4P目をオンサイト出来るのか。先ずは長女と二人で登って降りてから子守を交代して妻ともう一度登るか。。。ガラガラヘビも生息するスミスロックで娘たちを下に置き去りにするのはなんとも気がひける。

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しかしそこに救世主が現れる!我が社の社長さまが忙しい中なんとか時間を作ってくれて同行してくれるというではないかー!このオファーはとてもありがたい。帰国したらもう身を粉にして会社のために働きまくります。このご恩は決して忘れません!

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この辺りはファミリークライマーには避けては通れない問題である。ボルダリングなら交代で登れるが、リードとなるとそうとはいかない。ましてやマルチになると更に状況は難しくなる。しかしそこで諦めて出来ることだけをやるのか、それともやりたいことをやるためにあらゆる可能性を探って実現しようとするのか。今回は幸運にも手を貸してくれる多くの人たちのおかげでこのトリップを実現することが出来ました。ブログはまだ始まったばかりですが、そんな皆さんに心から感謝いたします!

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そしてこれまたファミリートリップに相応しい飛行機に飛び乗りいざ出発です!

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2歳の次女にとっては初めての海外トリップ。何を見てどう感じてくれるのだろう。

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台北での乗り継ぎ待ち時間では当日ライブで見れなかったボルダリングワールドカップの準決勝録画を観戦。みんなであやりーを応援です。

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モチベーションが上がったのか、寝る時間をゆうに過ぎているのにやたらテンションの高い娘ちゃん。

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しかしシアトル便に乗った瞬間に電池切れ〜。まだまだ長い1日は続くけど、ひとまずおつかれさん!

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シアトル-タコマ空港に着いたのは現地時間13日の午後8時頃。ここから空港からやたら離れてるレンタカーセンターへ移動。長蛇の列が出来ているのに対応がのんびりの店員二人だけというカウンターでようやく車をゲットして走り出したのはもう9時過ぎ。ここからスミスロックのあるオレゴンまでは約5時間のドライブ。20代の頃に大学をサボりまくって運転してた馴染みの道なので迷うことはないのだが、あらためてアメリカは広いなと実感する。そうこうしているとどうも長女の様子がおかしい。。。どうやら熱があるみたいだ。ふとデビルズタワーへのファミリートリップの記憶が蘇る。とりあえずコンビニで風邪薬を買って飲ませて寝かす。家を出てから丸々1日経過してるようなもんだから、疲れが出てきたのかもしれない。起きたら熱が下がってますように。

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睡魔と戦いながら、休憩を挟んでゆっくり走らせたので到着した頃には空が明るくなっていた。
久しぶりのスミスロック。最後に来たのは妻と婚前旅行した時だから13年前か。
自分がクライミングにどっぷりはまることになった場所。自分のクライマーとしての技術を育ててくれた場所。
今の仕事に繋がる多くの人たちとの最初の接点を与えてくれた場所。
時は経てど記憶と全く同じ岩々を目の前にし、この場所に妻&娘たちと一緒に訪れることが出来たことにただただ感動してしまう。しかし今は少し眠ろう。目が覚めたら消えてないだろうな。夢か現実か曖昧な感じの時間が流れるのだった。

つづく〜



Family Trip 2016: Little Monkeys on The Big Monkey〜今年の目標 - 2016.08.22 Mon

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このブログも遂にファミリートリップでしかアップされていない感が満載やな〜!最後に海外に行ったファミリートリップは2013年の巳年に登ったヨセミテはハーフドームのスネークダイク。翌年2014年は次女が誕生し遠出はなし。2015年はサイドカーを走らせて北海道へ岩旅に出かけたので、今回は久しぶりの海外ファミリートリップです!

自分自信が死ぬまでに登っておきたい岩々を「ファミリートリップ」の名の下に行ってしまえーと悪巧みし実行しているこの企画。巳年にスネークダイクを登ったということもあり、申年の今年はサルディーニャ島?的なオヤジギャクなアイディアもあったのだが、私と長女が年男&年女ということもあり、ここは正統派なサル絡みでないといけないと判断。そこで「死ぬまでに絶対登る岩リスト」からあの岩をチョイス。その岩とはアメリカはオレゴン州にある米国のスポーツクライミング誕生の地スミスロックの象徴、モンキーフェイスだ。

モンキーフェイスと言えばJust Do ItやEast Face of Monkey Faceなどハードルートが目白押しのエリア。頂上に抜ける一番ポピュラーなルートはPioneer Routeという一部ボルトラダーのエイドクライミングが入るライン。しかしそこはフリークライマーなので我が家が選択したラインはモンキーフェイスの一番下から一番高いところに"フリー”で抜けて行くWest Face Variation Direct(1P=5.7, 2P=5.8)からMonkey Space(1P=5.11a, 2P=5.11b)につなげる合計4ピッチのライン。ファミリートリップ史上最難グレードになってしまうが、一番優しいフリーラインはここしかないから仕方がない。もう少し家族のレベルを上げてからトライというのも勿論アリなのだが、申年にモンキーフェイスというネタ的にこれ以上ないチャンスは今回を逃すと次は12年後でないと巡って来ない。その時には年男の俺はか、か、還暦ではないか!その時点では俺の方が危ういので「11bやったら核心はV1かV2くらいかな〜、行けるでー自分ら!」と妻&娘を丸め込み、今年強行突破することになった次第です。

今年はそんな岩旅に行ってきました。これから我が家のクライミング記録も兼ねてアップしていきますのでお楽しみに〜!

つづくー。

千日登攀:倉上慶大というクライマーと過ごした夜その2 - 2016.03.01 Tue

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photo: Satoru Hagiwara
改めて千日の瑠璃というルートを見てみる。全7ピッチの中で2、3、4ピッチがモアイフェイスを抜けるオリジナル部分でこの約120mに5.13c, 5.14a, 5.13dが連なっている。グレードだけ見ると今日のハードルートでは決して最難というレベルではないが、なぜこの3ピッチがすごいのか。。。なぜこの千日の瑠璃が日本のフリークライミング史に残るクライミングであるのか。 それはすでに皆さんご存知の通り、ここでは3ピッチを通してプロテクション用ボルトが1本も埋められることなく登られたからである。

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photo: Satoru Hagiwara
花崗岩のフェイスを登ったことのある者であれば容易に想像がつくと思うが、所謂花崗岩のフェイスというのはそれはそれはスッキリした岩である。瑞牆に行くと見えるこのモアイフェイスも「いや〜スッキリしたキレイな岩やなー」と見た者誰しもが思ってきたことだろう。そんなプロテクションを取る部分が非常に乏しいフェイスでスモールカム、ナッツ、スライダー、そして悪名高きガムテープ固定のスカイフックを駆使し、最大20mのランナウトをこなしてのクライミング。しかもそんなプロテクションからランナウトをした上で2段〜3段クラスのボルダームーヴをこなすという、高いクライミング能力と尋常ではない精神力が求められるルートである。

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photo: Satoru Hagiwara
当然落ちると非常に危険である。千日の瑠璃ではデシマルグレードの横にアルファベットで「PD」「R」「R/X」の表記があるが、これが危険度を示す。この表記は映画のペアレンタルガイダンスの記号から元々は来ている。映画でもPG13、R、X指定と内容のエグさによってお子ちゃまは見ちゃダメよ的な表記があるが、あれをクライミングの危険度を表す記号として使っているのだ。私はPDというのは知らなかったがおそらくこれがPG13に匹敵するもので、所謂ランナウトの始まりレベル。5〜6mはプロテクションが取れず、落ちれば怪我をする可能性が高まることを意味する。次のRは落ちた場合は骨折も含む大怪我をする可能性が高いレベル、そしてアダルトなXは死亡も含む重大な結果をもたらす可能性が含まれるランナウトという意味だ。 余談であるが実はXの上にもまだあって、確かイギリスのシークリフにAndy Pollitt達が開拓してたエリアにはXXやXXXというルートもあった。プロテクションが取れない上に岩が脆いという正にデスルート。次の日にレッドポイントしに行ったら壁ごと崩壊していたという逸話もある。(笑)

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photo: Satoru Hagiwara
千日の瑠璃に話を戻そう。クライマーだけでなく、墜落してきたクライマーがビレイヤーに激突し、ビレイヤーがただでは済まない可能性すらあるこのルート。なぜ倉上氏はこの岩にプロテクション用のボルトを打たなかったのか? 同じ瑞牆山にある他のエリアにはボルトルートは多数存在する。命の危険がある箇所だけでも打つことは選択肢としてあったはずである。スライドショーを通して彼はそのことを一生懸命、言葉を選びながら語ってくれた。

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photo: Satoru Hagiwara
瑞牆山のルート開拓の歴史も国内の他のエリア同様ボルトラダーによるエイドルートの開拓から始まり、70年代後期よりナチュラルプロテクションを用いたエイド、そして80年代初期からフリーへと移行していく。80年代後期はフェイスルートの時代が訪れ、その後90年代にかけてボルトをプロテクションとしたルートが多く開拓されるようになる。そんな流れの中で十一面岩はナチュラルプロテクションを用いるトラディショナルなルートエリアとして開拓されてきた。そしてここにはフリークライミングの原点的なルート「春うらら」がある。もともとエイドルートとして登られたものだが、80年代初期に戸田直樹氏によってフリー化(1P=11b,2P=12a)、その時にマスタースタイルを持ってして完登とする当時最高のスタイルを実践した。

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photo: Satoru Hagiwara
そんな十一面岩の正面壁にモアイフェイスはドカンと鎮座している。しかもそこを貫くルートは1本もなく。この大岩壁に魅せられた倉上氏はそこにルートを拓くにあたり「いかに登るか」を大いに悩んだという。ミニマムボルトの思想を持って開拓すれば問題にはならなかったであろう。しかしそれであればなぜモアイフェイスにルートが無いのか。既にカンマンボロンや大面岩といった広大な花崗岩フェイスには高難度ルートがボルトプロテクションによって開拓されてきているというのに。ただタイミング的なものなのかもしれないが、彼はそうは考えない。そこにルートが無いのは先人達が敢えてボルトによる開拓をしなかったからだと。クラシックルートである春うららの「スタイル」に拘った開拓から始まったこのエリアでの歴史を継承した自分の納得のいくスタイルでルートを引こうと心に決めるのである。とは言え、プロテクションが取れないでは話にならない。広大なフェイスに多くの時間と労力を費やしてその可能性を探る。そしてなんとか取れそうなことを確認したわけであるが、それは物凄いリスクを伴うランナウトになることは必然であった。これを最初はグランドアップでトライしようとも考えていたというのだから、相当高いイメージを持っていたことが伺える。

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photo: Satoru Hagiwara
彼は千日の瑠璃を開拓するにあたって、瑞牆山の開拓者を含む様々な人と直接話をし意見を聞いたという。その過程の中で先人達や先輩クライマーにとってのクライミングとは何か、そして自分のクライミングとは何かを考えに考え抜いてきたのだと思う。また彼は古い文献も読み漁り、開拓とは何か、ルートを初登することとは何かも模索し熟考している。クライミングという行為がただ登るだけのアクティビティではなく、自分自身で在ること、すなわち表現者としていかに登るかを相当な深さで求めていたように思う。また先人達の登りとその思いがあって、今の我々のクライミングがあり、そこに繋がりがあってこそ未来のクライマーへと何かを残していけるという考えもあったのではないだろうか。その結論が戸田氏と同じく「今出来る最高のスタイルでの完登」であるトラッドだったのだ。

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photo: Satoru Hagiwara
だからと言ってすんなり登れる代物では当然ない。命の危険が伴うスタイルなのだから。しかも彼はこれまで10年間のクライミング歴のほとんどをボルダリングに費やしてきた男なのだ。マルチピッチクライミングの経験も半年!千日登攀では貴重な動画も披露してくれたが、その中で実際2P目のトラバースの核心で大フォールをし骨折をしてしまう。それでも骨がつききらぬ内から岩に戻り出来る作業をし、腫れた足を無理矢理クライミングシューズに突っ込んでトライをする。異常なまでの登攀欲である。この激しいクライミングへの情熱という感情的な側面と、ランナウトという恐怖に直面しながらしっかり考えて行動する冷静さという側面、一見相反する心の動きがとんでもない次元で同居しているのだ。スライドショーの話を聞きながら、私は何が彼をそうさせているのだろうかと考え続けていた。そして分かったことは、この男は本当に一生懸命フェアで在ろうとしているということだ。

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photo: Satoru Hagiwara
これまでのクライミングを築いてきた先人達に対して、一緒に登ってきた仲間に対して、モアイフェイスが織りなす奇跡のラインに対して、倉上慶大というクライマーに対して、彼のクライミングを取り巻く全てのことに対しとことんフェアで在ろうとしている。クライミングにはスタイルこそあるにしろ、ルールはない。全てが自由なのだ。しかし自由であるが故に何でもアリにもなりがちである。節操の無い開拓、スティッククリップの乱用、ムーブ解決手段としてのムービー、チッピング等、周りを見渡せば嘆かわしい事だらけだ。しかしそれらは厳密にはルールは無いのだからルール違反ではない。だからこそクライミングには「フェアプレイ」の意識がとても重要であり、フェアで在る事でのみ本当の自由なクライミングが可能なのではないだろうか。

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photo: Satoru Hagiwara
あの夜会場で彼の話を直接聞けた皆さんは、それぞれ何か感じるものがあったと思う。その感じた事とは勿論このトンデモナイクライミングについてもあるだろうが、実際は自分自身のクライミングについてではないだろうか?自らを危険にさらすようなハードコアな登りをしろというのでは決してない。自分がフェアなクライミングをしているのかどうか、それを考える一つのきっかけになったのではないだろうか。それぞれがこれからの自分のクライミングにおいて、少しでもフェアで在ろうと意識し、出来ることから実践してもらえれば、良いクライミングの輪が拡がっていくと思う。そしてその輪こそがクライミング文化なのだ。この大切なものを引き継ぎ、実践し、次世代に手渡していきたい。個々の登りは全てつながっているのだ。

千日登攀:倉上慶大というクライマーと過ごした夜その1 - 2016.02.26 Fri

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2016年2月20日(土)、いつもの土曜日なら客足が落ち着く夕暮れ時のジムは人で溢れかえっていた。この日は瑞牆山モアイフェイスにトラッドなスタイルで「千日の瑠璃」というとんでもないラインを引いた倉上慶大氏のスライド&トークショーなのだ。とある有名山岳ライターに「2015年に日本人が行なったベストクライミング」と言わしめたあの男の話が聞けるのだからそれは期待も膨らむというものだ。予約数だけでも110名前後、ジムのスタッフも入れると120名程の人が集まったことになるのか。それだけ注目の登りでありクライマーということなのだ。

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会場となったリードエリアはご覧の通り満員御礼。もっと広い会場だったら皆さんもう少しくつろげたのでしょうが、す、すみません。。。実は倉上氏のスライドショーを思いつき、社内で企画検討した時は50人くらいかなという話もあったのだ。しかし日本のクライミング史に残る登りを初登者ご本人から語っていただけるまたとないチャンス。企画開催はクラックスだけれど、これは関西のクライミングイベントとして取り組もうと私のわがままを押し通し、100名を目標にしたというわけなのだ。しかも予約が100名を超えても、キャパの許す限り受け入れようということでこんな感じとなってしまいました。声かけにご協力いただきました関西のお取引先クライミングジム様、ありがとうございました!おかげさまで多くの方にお越しいただくことができました。

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また今回、倉上氏からも沢山の方に来ていただくためにアイディアをいただきました。それは参加費。この業界、スライドショーは結構無料というのが当たり前のようになっているのですが(私の住んでいたアメリカでは通常有料だった)、500円の参加費で500円相当のブラシをプレゼントしてはどうかとご提案いただきました。そうすれば相殺して無料のようなものだし、ブラシなら岩場でも役立つアイテムということでブラッシングの輪も広がるのではないかと。そんなタイミングで国産ブラシメーカーのpamoさんがオリジナルブラシ作成サービスを開始されたので、イベントオリジナルブラシを作ろうとなった次第。イラストは倉上画伯ご本人の力作モアイでございます。

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スライドショーは、千日の瑠璃を登る前のボルダラー時代、モアイフェイスとの出会いと開拓、そして千日の瑠璃の登りの大きく分けて3部構成でした。まずモアイフェイスってなんだってところから触れないといけないとなると、このブログは永遠に終わらなそうなので、知らない人はロック&スノー誌70号を買って「千日の瑠璃」の特集を読むように。このスライドショーではその誌面では語りつくせなかった開拓裏話やこの登攀への情熱、そして先人たちやその歴史に対しての熱き思いなどをじっくり語ってくださいました。予定時間の1時間を大きく超える2時間オーバーのスライドショー。けれど彼の話に引き込まれたあっという間の時間でした。

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まあ私がこのブログでいくら千日の瑠璃について語ったところで、倉上氏本人の口から語られることが一番だし、誠に直球であったわけで、あえてその内容を事細かにこのここで書くつもりは私自身もない。よって彼の語らいの時間の中に身を置いた者の一人として、私自身が思ったこと、感じたこと、考えたことについて書きたいと思う。

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「クライミングはつながっている」
倉上氏はクライミング歴10年。そのほとんどをボルダリングに費やしてきた。私も彼に会ったのは四国のボルダーだった。その時から「強い」印象のクライマーであったわけだけど、そんなクライマーはこの世になんぼでもいる。しかし彼は少し違っていた。既成人気課題を一生懸命トライする人々の外れで、その時私は水辺に立つ手つかずの苔だらけな岩を掃除もせずに登っていた。彼はなんとそれに付き合って一緒に苔を掴み笑いながら登ってくれたのだ。遠く四国まで遠征に来ていたにも関わらず。クライミングは遊びだ。けれど一生懸命遊べるヤツはそんなにいない。一生懸命努力ができる人はいるんだけどね。遊びは強い好奇心から生まれる。私は彼の中に好奇心の塊を感じた気がした。

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そんな彼のクライミングはその後黒本を道しるべとし、彼らしい登りを展開する。初登者と同じマットを使わないスタイルを選びながら、黒本掲載課題を全て登りつくすのであった。これと時期を並行して、より高くハードな漢前なラインの初登をし始める。京都の笠置の長年のプロジェクトを完成させ「Rebirth」とする。そしてまた豊田でも同じく長年のプロジェクトだったラインを登り「荒城の月」が生まれる。ハイボールでハイグレードな危険に満ちたボルダリングだ。「落ちてはいけないクライミング」の積み重ねと、行くのか行かないのかという精神的な葛藤の連続、またそのためにさらに自身のクライミングを高めていくことで安全マージン(そんなものがあるのか?)を少しずつ広げていくプロセス。そんな登りをしてきた彼だから、ランナウトをして2〜3段のムーブを含む、ボールドなマルチピッチも登れたのだろう。

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実は世界にもボルダラーと呼ばれていた人たちが近年、ボールドなクライミングを実践している。中でも有名なのは、アメリカのボルダリング女王リサ・ランズ。あのトラッドムービーの金字塔Hard GritのオープニングルートGaiaを登っている。そしてトミー・コールドウェルと一緒にエルキャプのDawn Wallを登ったケビン・ジョージソンだって元々ボルダーがメインだった。彼らに共通して言えることは、ボルダリングで培った自身のクライミング能力や経験を、ボルダリングの枠に囚われず新たな試みに繋げてきているということ。自らのクライミングに枠をはめないことではないだろうか。クライミングはクライミング。クライマーとしての経験を積んでいきながら、その時にやりたい登りをやったらこうなったという印象があるのだ。

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自分はボルダリングしかしないから、私はクラックしか登りません、僕はボルトルートしか無理です、こんな言葉を私は職業柄よく聞く。もちろん遊びなのだから、それぞれが自由に興味があることだけを楽しめばいい。ただ自分の可能性、クライミングがもたらしてくれる世界を自らの先入観だけでリミッターをかけてしまうのはもったいないこととも思う。私自身これまで30年クライミングをしてきているが、今でもやりたいクライミングがたくさんある。そしてその時やりたいクライミングはやはり今までのクライミングと繋がっていてるのだ。それが出来るのは、自分自身あまりジャンルを意識していないためではと思う。全てがフリークライミング。巨大な壁もアレックス・オノルドの前では本質的にはボルダリングとなるし、ナチュラルプロテクションを取るトラッドクライミングの究極の形はボルダリングとも言える。そして落ちてはいけないプアプロテクションのトラッドルートでは、登りのメンタリティーはボルダリングそのものである。様々なクライミングは実にシームレスに絡み合い繋がっていることに気づくはずである。

ボルダラーがマルチ。しかも死ぬかもしれないボールドなトラッドとなると、誰しもが出来ることではないけれど、自分のクライミングというのはそれぞれ見つけることができると思う。ゲームのステージをクリアしていくようなグレードを追って攻略法ばかり考えてる登りもいいけれど、これまでの自分の経験を活かして何かちょっと違ったアングルで挑戦できるようなクライミングもまた楽しいものですよ。あの夜の倉上氏はそんなことも語りかけてくれていたような気がした。

うーむ、本当はまだ別のテーマでも書くつもりでいたのだが、すでに長くなったので急遽タイトルに「その1」をつけて、これはこれで千日登攀最初のブログ投稿としよう。ではまた、つづくー。(笑)

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