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When Legends Die - 2017.03.15 Wed

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朝っぱらから「記憶にございません」と昭和育ちの我々には悪い政治家の決まり文句でしかない言葉を吐いてるおばちゃんの事や、万博の報告書をセンスのかけらも感じられない関西弁で作ったアホなおっさんらの事がTVから流れてくる。ただでさえ今日は寒いのに、ほんま気い滅入るっちゅうねん。気分が悪いのでベランダで一服しながらスマホをいじっていると飛び込んできたこの文字。

"RIP Royal Robbins"

ウソやろー。嘘やんなー。急いで他のフィードも探してみるも、この情報をアップしてるのはコロラドの老舗クライミングショップのNeptune Mountaineeringだけだ。Rock & IceもClimbing Magazineも触れてない。ほんまかなあとその時は半信半疑だったが、それから数時間後にはいろんな方面からこの偉大なクライマーの訃報が流れはじめてきた。。。

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ロイヤル・ロビンス。
アメリカのロッククライミング史を語る上では避けて通ることができないほどの人物。
1957年にハーフドームのウェストフェイスを初登。アメリカの地で初めてのVIグレードが付いたビッグウォールクライミング。その他にもエルキャピタンのサラテウォールを1961年にトム・フロストやチャック・プラット等と共に初登し、ビッグウォールの天井を更に押し上げる。他にもサラテメンバーにイヴォン・ショイナードを加えたノースアメリカンウォール、ドリュのアメリカンダイレクトなど、ビッグウォール&アルパインクライミングの偉業は数知れず。現代フリーに直結する登りとしては、コロラドのキャッスルロックで初登したアスリートズフィートやファイナルエグザムなどの5.11台のルートを1964年には登っている。すっかりおっさんの俺ですらまだ生まれてない時代やし。ロイヤル・ロビンスはロッククライミングの技術やレベルをガッツンと押し上げてきた原動力のような人なのだ。そんな経験からRockCrafts等の技術書も出して、多くのクライマーに影響を与えたました。

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また技術面だけでなく、いかに岩を登るかという思想的な側面でも非常に影響力を持った人でした。当時のピトンやボルト打ちまくりのエイドスタイルに疑問を持ち、可能なかぎり岩に手を加えず、次に登る人たちに同じ条件を残していくようなクライミングスタイルを提唱、所謂クリーンクライミングの始まりです。この辺り、ノーズの初登者であるバッツウォーことワーレン・ハーディングのボルト打ちまくりの開拓スタイルに異を唱え、サラテは可能なかぎり残置を残さない形で登ったし、同じくハーディングが初登したWall of the Early Morning Light (後にドーンウォールと呼ばれるライン)をボルトを抜きながら再登していくというかなり挑発的なこともやってたりしました。この辺りのエピソードはValley Uprisingというフィルムを見ていただくのが手っ取り早いかと思います。またこのクリーンクライミングの象徴というか証明として完成させたのが、今やヨセミテマルチの入門中の入門であるナットクラッカー。終了点も含め全て回収できるスタイルでの初登。しかも奥様とそれをやってのけるってのがまた粋ですわ。

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そんな彼の訃報だからネット上でもその時代のクライミングを知る「古株」な連中を中心にニュースは広がっていったわけだけど、そんな中にドゥルー・ルアナというティーンネージャーが以下の文章と共に訃報をシェアしておりました。

"A true loss for the climbing community. We wouldn't live in the same world if he hadn't influenced the evolution of climbing like he did. RIP to a legend."

(彼の死は)クライミング界にとって間違いなく損失だ。もし彼がやってきたようにクライミングの進化に彼が影響を与えていなかったら、僕たちは今いるこの同じクライミングの世界には生きていなかっただろう。

このドゥルーという青年、実は自分がアメリカのスミスロックでクライミングに没頭していた時のルームメイトだった友人の息子なのだが、彼はアメリカのクライミングシーンで活躍するカイ・ライトナーやアシマちゃん達と並ぶ注目のアメリカンティーネージクライマーの一人。アメリカのユースチームメンバーにも選出され、国際コンペにもアメリカ代表として出場している。また岩場でも地元スミスロックではJust Do It(5.14c)はもちろん、ほぼ全ての5.14を登り尽くし、スミス最難ルートも彼が初登しているとんでもない青年なのだ。そんな今のクライミングシーンの前線を突っ走るこの若き青年がロイヤル・ロビンスの訃報を上の言葉と共にシェアしているのである。

ふと考えた。日本はコンペシーンにおいては今や世界No.1。ティーン達の成長もめざましい。しかしこの日本のクライミングシーンのティーン達の中に一体どれだけの子たちがロイヤル・ロビンスを知っているだろうか。古いアメリカのクライマーだからってのがあるかもしれない。では何人のティーン達が故吉田和正氏を知っていただろうか。アメリカでコンペで活躍するクライマー達は、それと同等それ以上に岩でのクライミングシーンでも活躍している。日本のティーン達はその一方でどうだろうか。

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これは決して日本のティーンクライマー達がコンペクライミングしかしてないやんけという批判ではない。むしろそれよりもそんな世界最高レベルのコンペクライミング能力を持つ日本の若きクライマー達に、我々おっさん世代がまったく岩登りや、それにまつわる人物/歴史についてしっかり伝えることが出来ていないという、そちらの現象の方が胸が痛い。アメリカではクライミングが競技としてだけでなく、自然を相手にするスポーツであり、また文化的活動であることをちゃんと次世代に伝わっている。そういう意味では、日本のクライミングシーンはどんどん歪みが生じてきているようにも思う。そんな今の日本では「クリーンクライイング」という意味も、ゴミをしない、岩場を汚さないという違う意味でしか理解されていないのではなかろうか。クリーンクライミングがクライミングという観点からの思想であることも正しく理解できるような感覚を持たねば、どこぞの岩場の落書き事件をさもクライミングの問題として勘違いしてしまうような風潮になってしまう。こんな状況を作ってしまった我々おっさん世代の責任は重いし、次世代クライマーのためにもやらねばならんことが山盛りあると思う。 だからお願いだ。おっさん&おばちゃん達よ、クライミングの話をちゃんと周りにしていこうではないか。

影響された人偉大なロックレジェンド達の死に触れる度に、様々なことを考えさせられる。
今日もそんな1日にまたなってしまった。

Rest In Peace, Mr.Royal Robbins.
偉大なるロックレジェンドへ、心より御冥福をお祈りいたします。

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