FC2ブログ
topimage

2018-12

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

千日登攀:倉上慶大というクライマーと過ごした夜その1 - 2016.02.26 Fri

SenjitsuPoster.jpg

2016年2月20日(土)、いつもの土曜日なら客足が落ち着く夕暮れ時のジムは人で溢れかえっていた。この日は瑞牆山モアイフェイスにトラッドなスタイルで「千日の瑠璃」というとんでもないラインを引いた倉上慶大氏のスライド&トークショーなのだ。とある有名山岳ライターに「2015年に日本人が行なったベストクライミング」と言わしめたあの男の話が聞けるのだからそれは期待も膨らむというものだ。予約数だけでも110名前後、ジムのスタッフも入れると120名程の人が集まったことになるのか。それだけ注目の登りでありクライマーということなのだ。

audience2.jpg
会場となったリードエリアはご覧の通り満員御礼。もっと広い会場だったら皆さんもう少しくつろげたのでしょうが、す、すみません。。。実は倉上氏のスライドショーを思いつき、社内で企画検討した時は50人くらいかなという話もあったのだ。しかし日本のクライミング史に残る登りを初登者ご本人から語っていただけるまたとないチャンス。企画開催はクラックスだけれど、これは関西のクライミングイベントとして取り組もうと私のわがままを押し通し、100名を目標にしたというわけなのだ。しかも予約が100名を超えても、キャパの許す限り受け入れようということでこんな感じとなってしまいました。声かけにご協力いただきました関西のお取引先クライミングジム様、ありがとうございました!おかげさまで多くの方にお越しいただくことができました。

moai.jpg

また今回、倉上氏からも沢山の方に来ていただくためにアイディアをいただきました。それは参加費。この業界、スライドショーは結構無料というのが当たり前のようになっているのですが(私の住んでいたアメリカでは通常有料だった)、500円の参加費で500円相当のブラシをプレゼントしてはどうかとご提案いただきました。そうすれば相殺して無料のようなものだし、ブラシなら岩場でも役立つアイテムということでブラッシングの輪も広がるのではないかと。そんなタイミングで国産ブラシメーカーのpamoさんがオリジナルブラシ作成サービスを開始されたので、イベントオリジナルブラシを作ろうとなった次第。イラストは倉上画伯ご本人の力作モアイでございます。

IMG_2422.jpg
スライドショーは、千日の瑠璃を登る前のボルダラー時代、モアイフェイスとの出会いと開拓、そして千日の瑠璃の登りの大きく分けて3部構成でした。まずモアイフェイスってなんだってところから触れないといけないとなると、このブログは永遠に終わらなそうなので、知らない人はロック&スノー誌70号を買って「千日の瑠璃」の特集を読むように。このスライドショーではその誌面では語りつくせなかった開拓裏話やこの登攀への情熱、そして先人たちやその歴史に対しての熱き思いなどをじっくり語ってくださいました。予定時間の1時間を大きく超える2時間オーバーのスライドショー。けれど彼の話に引き込まれたあっという間の時間でした。

IMG_2423.jpg
まあ私がこのブログでいくら千日の瑠璃について語ったところで、倉上氏本人の口から語られることが一番だし、誠に直球であったわけで、あえてその内容を事細かにこのここで書くつもりは私自身もない。よって彼の語らいの時間の中に身を置いた者の一人として、私自身が思ったこと、感じたこと、考えたことについて書きたいと思う。

IMG_2426.jpg

「クライミングはつながっている」
倉上氏はクライミング歴10年。そのほとんどをボルダリングに費やしてきた。私も彼に会ったのは四国のボルダーだった。その時から「強い」印象のクライマーであったわけだけど、そんなクライマーはこの世になんぼでもいる。しかし彼は少し違っていた。既成人気課題を一生懸命トライする人々の外れで、その時私は水辺に立つ手つかずの苔だらけな岩を掃除もせずに登っていた。彼はなんとそれに付き合って一緒に苔を掴み笑いながら登ってくれたのだ。遠く四国まで遠征に来ていたにも関わらず。クライミングは遊びだ。けれど一生懸命遊べるヤツはそんなにいない。一生懸命努力ができる人はいるんだけどね。遊びは強い好奇心から生まれる。私は彼の中に好奇心の塊を感じた気がした。

IMG_2427.jpg
そんな彼のクライミングはその後黒本を道しるべとし、彼らしい登りを展開する。初登者と同じマットを使わないスタイルを選びながら、黒本掲載課題を全て登りつくすのであった。これと時期を並行して、より高くハードな漢前なラインの初登をし始める。京都の笠置の長年のプロジェクトを完成させ「Rebirth」とする。そしてまた豊田でも同じく長年のプロジェクトだったラインを登り「荒城の月」が生まれる。ハイボールでハイグレードな危険に満ちたボルダリングだ。「落ちてはいけないクライミング」の積み重ねと、行くのか行かないのかという精神的な葛藤の連続、またそのためにさらに自身のクライミングを高めていくことで安全マージン(そんなものがあるのか?)を少しずつ広げていくプロセス。そんな登りをしてきた彼だから、ランナウトをして2〜3段のムーブを含む、ボールドなマルチピッチも登れたのだろう。

IMG_2428.jpg
実は世界にもボルダラーと呼ばれていた人たちが近年、ボールドなクライミングを実践している。中でも有名なのは、アメリカのボルダリング女王リサ・ランズ。あのトラッドムービーの金字塔Hard GritのオープニングルートGaiaを登っている。そしてトミー・コールドウェルと一緒にエルキャプのDawn Wallを登ったケビン・ジョージソンだって元々ボルダーがメインだった。彼らに共通して言えることは、ボルダリングで培った自身のクライミング能力や経験を、ボルダリングの枠に囚われず新たな試みに繋げてきているということ。自らのクライミングに枠をはめないことではないだろうか。クライミングはクライミング。クライマーとしての経験を積んでいきながら、その時にやりたい登りをやったらこうなったという印象があるのだ。

IMG_2429.jpg
自分はボルダリングしかしないから、私はクラックしか登りません、僕はボルトルートしか無理です、こんな言葉を私は職業柄よく聞く。もちろん遊びなのだから、それぞれが自由に興味があることだけを楽しめばいい。ただ自分の可能性、クライミングがもたらしてくれる世界を自らの先入観だけでリミッターをかけてしまうのはもったいないこととも思う。私自身これまで30年クライミングをしてきているが、今でもやりたいクライミングがたくさんある。そしてその時やりたいクライミングはやはり今までのクライミングと繋がっていてるのだ。それが出来るのは、自分自身あまりジャンルを意識していないためではと思う。全てがフリークライミング。巨大な壁もアレックス・オノルドの前では本質的にはボルダリングとなるし、ナチュラルプロテクションを取るトラッドクライミングの究極の形はボルダリングとも言える。そして落ちてはいけないプアプロテクションのトラッドルートでは、登りのメンタリティーはボルダリングそのものである。様々なクライミングは実にシームレスに絡み合い繋がっていることに気づくはずである。

ボルダラーがマルチ。しかも死ぬかもしれないボールドなトラッドとなると、誰しもが出来ることではないけれど、自分のクライミングというのはそれぞれ見つけることができると思う。ゲームのステージをクリアしていくようなグレードを追って攻略法ばかり考えてる登りもいいけれど、これまでの自分の経験を活かして何かちょっと違ったアングルで挑戦できるようなクライミングもまた楽しいものですよ。あの夜の倉上氏はそんなことも語りかけてくれていたような気がした。

うーむ、本当はまだ別のテーマでも書くつもりでいたのだが、すでに長くなったので急遽タイトルに「その1」をつけて、これはこれで千日登攀最初のブログ投稿としよう。ではまた、つづくー。(笑)

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kioriv12.blog90.fc2.com/tb.php/440-1ecb12a6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

千日登攀:倉上慶大というクライマーと過ごした夜その2 «  | BLOG TOP |  » Family Trip 2015: 北の岩旅 〜美瑛/富良野〜

プロフィール

Johnny

Author:Johnny
Welcome to Johnny's World!

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

FC2カウンター

カレンダー

11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。